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Jan氏とJaguar作出のお話 |
コースタル・カーペット・パイソン(Morelia Spilota Macdowelli)のブルーディングを始めて間も無くの1994年、突然、異常な雄の個体を繁殖した。 それは、パターンと色に関する限り、他のすべての孵化したての幼蛇mcdowelliと比較して、完全に異なっているように見えた。それは、首の上の少数の柄を除いてその後背部に沿ってほとんど柄がなかった。全体の体色は薄桃色の黄褐色であったという。 2歳〜3歳にかけ、背景色はますます明るい黄色になり、8歳になってもその個体の姿は「はっ!」とさせるほどに美しい変化を遂げているという。それは時間の経過とともに非常に美しいオレンジの色から次第に薄くなり始め、現在に至るまで体色が暗くなる傾向は全くなかった。 1998年には、彼をごく普通のコースタル・カーペットの雌と交配させ、不運にも、これは4つ卵だけしか孵化出来なかったが、産まれたうちの一匹は、真実のジャガー・カーペットであると判明した。この時 、これが遺伝的特性だったということを確信した。このヘビの背景色は、産まれた初年度までに、非現実的なスカルパターンを持ち、体色も完全に黄色になった。 1999年には同じ繁殖のペアを使用し、12匹が孵化。そのうちの4匹はノーマルだったが、8匹もの幼蛇は真実のジャガーだった。これらはすべてアメリカへ渡った。 翌年の2000年、Jan氏は、さらに2匹のごく普通のコースタル・カーペットの♀から50%のノーマルおよび50%のジャガーを生産した。これは、ジャガー遺伝子が共同優性形質であると示唆していた。2000年生まれの孵化したてのジャガーの中に3匹のhypomelanistic(1Male.2Female)が誕生したが、そのうちの2匹は体色内の黒色素減少のみならず、黒い柄を開発するサインも示さない赤いハイポだった。それらの誕生には彼も驚きと興奮を隠せなかったという。 幼蛇の背景色は、約1年からに黄色に傾き始め、それらが老化するとともにゆっくり強まり続けるという。Founder Jaguarの♂が3歳まで明るい黄色にならなかったという事実にもかかわらず、この血統からのほとんどの結果が黄色の採色をはるかに初期に開発するように思われた。 さらに同2000年、.孵化したての幼蛇の中に壮観なものが現われた。その個体は 目の間の小さな柄だけを備えた比類がないジャガー・カーペット だった。 2003年5月までは世界中で11人だけが真実のジャガー・カーペットを所有していたが、現在(2004年11月現在)は各国でも繁殖例も出始め、その数は増加中である。 また、ジャガーカーペットとイリアンジャヤ・カーペットやジャングル・カーペット、ダイヤモンド・パイソンとのハイブリッドなどの繁殖を行っているブリーダーが存在しているが、 それは真実のジャガーCoastalsと見間違えるほど類似した個体が生産されます。 少なくともパターンまでは非常に似ていますが、 比較はそこに終了します。 重要なことは、まず色が成長とともに全く異なったものとなるでしょう。 (参考文書)Jan Eric Engell著 |